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2005年5月

2005/05/31

『Jウイング』&『エアライン』7月号

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ライターの坪田敦史です。いま発売されている月刊『Jウイング』&『エアライン』7月号。自分が書いた記事の紹介です。

月刊『Jウイング』では、巻頭(緊急!)特集としてロック岩崎の記事が掲載されています。記事を読んだ方から「今回のj-Wingの記事には込み上げてくるものがありました。」というメールを頂きました。悲しい事故ではありましたが、こうした感想は非常に嬉しいです。ありがとうございます!

▼前防衛庁長官 石破茂氏の特別インタビュー記事。ご本人の新刊著書の発売を記念して、いろいろなお話を伺いました。先日ここでもレポートした通り、インタビューしてる私の姿(顔出し)も載ってます!

▼連載「それゆけ女性自衛官/陸自のUH-1Jパイロット&メカニック」
▼連載「フィーバー/全国飛来機投稿情報ページ」

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月刊『エアライン』では、先日レポートしたようにセントレアの航空管制の記事を書いています。また、H-IIAロケットで打ち上げられたMTSATのコントロールセンター「神戸航空衛星センター」にも取材に行ってきました。

▼連載「ロシアン・エアライナーへの誘い/アントノフAn-24
▼連載「基礎から学ぶ航空管制教室/管制官になろう」

以上です。ぜひ御覧ください! 本屋で見たら、必ずレジに持って行くように!(笑)

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2005/05/27

滝川スカイパーク

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ライターの坪田敦史です。北海道の滝川にある滑空場に行ってきました。この「滝川スカイパーク」は石狩川の河川敷に設けられたグライダー練習場です。知人が操縦する曳航機(ロバン)に乗せてもらってフライトを楽しみました。
【上の写真】
(1) 滑空場に着陸進入するロバン。フランス製の軽飛行機です。草地に着陸することもあります。
【下の写真2枚】
(2) 滝川市街上空を高度2000フィートで飛行。滑空場は市街地にありますが、ちょっと上空に行くと広大な北海道の景色を堪能できます。
(3) 滑空場を離陸直後のシーン。引っ張られているグライダーが分かりますか? ロバンは後方視界が良く曳航に適しています。スティックタイプの操縦桿で、スロットルはコクピットの左端にあります。

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2005/05/21

セントレア行ってきました(航空管制 編)

フリーライターの坪田敦史です。セントレア行ってきました。航空管制の取材です。
セントレア開港後、名古屋周辺を飛ぶ航空機は、すべてここでコントロールされることになりました。管制関係の設備も、最新のものが導入されています。記事は月刊『エアライン』7月号(5月30日発売)に掲載します。

↓写真上から
(1)セントレアの管制塔。バックの景色は海上です。滑走路と反対側を向くと、対岸の常滑はすぐ近くに見えます。
(2)レーダールーム。岐阜基地、名古屋空港、セントレアの3つの飛行場を使用する航空機をレーダーで監視しています。
(3)レーダーモニター。フルカラー液晶表示です。国内でもっとも最新の装置です。

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2005/05/07

「Jウイング6月号」&「Jレスキュー春号」

ライターの坪田敦史です。自分の雑誌記事の紹介です。だいぶ宣伝が遅くなってしまいました(^^;)

現在発売されている『Jウイング』6月号(イカロス出版)には、「日本の戦闘機を究める」と題した大型特集が掲載されています。全22ページで、すべて私が執筆しました。パイロット、コクピット、エンジン、アビオニクスといったテーマごとに、戦闘機のことをわかりやすく書いています。
また、注目してもらいたい記事は特集の最後の3ページで、30年前にアメリカで空中給油を体験した空自パイロットの秘話「F-X選定と評価飛行中の突然の空中給油」です。訓練も何もせずにブッツケ本番で空中給油をやったそうな。空自主力戦闘機にF-15が採用された理由も含め、なかなか興味深い話ですよ。

また、同じく4月に発売になった『Jレスキュー』春号(イカロス出版)には、「宮崎県防災救急航空隊」の記事が載っています。写真もすべて私の撮影です。少し前にこのモノローグで宮崎に取材に行ってきたことを書きましたね。それです。
両誌とも、まだ本屋にあると思いますので、ぜひご覧下さい。
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2005/05/04

ロック岩崎 永遠に

rock01フリーライターの坪田敦史です。前回の書き込みからだいぶ時間があいてしまいました。ものすごくハードな日々を過ごしていました。仕事を含め色々なことがありました。

そう、4月21日、アクロバット飛行のパイロット、ロック岩崎氏が但馬空港で訓練中に墜落し、亡くなったんです。昼に電話で速報が入り、本当に驚きました。誰よりも操縦が上手いパイロットでしたからね。

翌日には私も但馬に駆けつけ、事故現場も壊れた機体も見てきました。取材ではありません。ロックとは個人的にも親しい付き合いでしたので、最期を迎えた現場、そして顔を見て別れたかったのです。
4月23日には但馬空港ターミナルビルで「お別れ会」をしました。私が以前、取材で撮影したロックの写真を棺の前に置くことになりました。まさか遺影になるとは思ってもいませんでしたが、写真の画像データを東京からすぐにメールで送ってもらい、現地でカラー印刷をするなど、準備に追われました。
告別式は27日に水戸で行われ、こちらには全国から大勢の人が集まりました。

私がちょっと驚いたのは、ファンの多くはロックの操縦ミスを認めたがらない人が多かったことです。でもよく考えてみて下さい。アクロはリスキーな飛行です。命をかけてやるからこそスリリングで、観客を魅了するんです。そしてロックも人間です。ロボットではありません。どんな有能な人間もミスをすることがあるし、人間がやるから、ショーは楽しいんです。
もし機体の整備不良か何かでロックが亡くなったら、それこそいろんな方面で責任が追及されることになり、事はもっと深刻です。悲しい出来事ですが、事故そのものは感情に左右されることなく、前向きにとらえたいと思います。

ロックは、自分の愛機ピッツとともに、自分が慣れ親しんだ飛行場で、周りに大きな迷惑を掛けることなく散っていきました。本望だったかもしれませんね。滑走路脇の芝生に落ちましたが、滑走路を壊すこともなく、定期便の発着には影響を及ぼしませんでした。そして事故がエアショーの会場ではなくて本当に良かった。「大空への夢!」を口にしていたロックです。観客にその夢を壊すような、嫌な思いをさせることもありませんでした。
事故原因については触れませんが、慣れた技をやるのに失敗をやらかすロックではありません。もしかしたら、新しいことをやっていたのかもしれませんね。

一方で、「ロックでもミスったか!」 航空関係の仲間達からは逆にそんな言葉が多かったです。誰もが最高の操縦技術を持つことを認めた上での発言です。彼がミスったことは、パイロット達の安全意識をより高め、またライバル達の闘志を燃やすはずです。遺志を継ぐ人もきっといるでしょう。いろんな意見があるかもしれませんが、機体異常で墜落死するよりか、はるかに本望。私はロックと人間同士!の付き合いをし、親しい仲だったからこそ、そう考えていいと思っています。涙目で拍手喝采です!
----------ロックの志は永遠に不滅です。
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↑↓すべて坪田敦史 撮影
【一番上の空撮写真】但馬空港から離陸し訓練中のロック。2002年撮影。バックは日本海。
【上の写真】但馬空港を発進するロック。2004年撮影。
【下5枚の写真】4枚は告別式の様子。ロックの遺品が飾られ、想い出の写真展も。花壇にはピッツの翼が大空に向かって。最後の1枚は、但馬での「お別れ会」で使ったロックの写真。
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